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半分の梅  〜智積院の梅 〜

2020年03月09日

 

まだ遠く見る智積院の本堂の前で、幼稚園児くらいの少女と、その父親らしき男性が、はしゃいで円を描くように駆け回っているのが見えた。

 

早春といっても、底冷えする京都では吐く息も白い。

 

ただ東山の背中から届く3月の朝日には、かすかな春の柔らかさを感じた。白いジャンパーを着て走る少女が舞う綿毛を連想させて、私は背筋をのばして深呼吸する。

 

智積院で梅を見るために、烏丸五条からゆっくりと歩いて来た。

 

七条通りを西から東へと進んで鴨川を渡り、三十三間堂を過ぎても、コロナウィルスの影響か人影は少ない。修学旅行生の影もまばらだった。国立博物館を過ぎて、七条通りが終わり、智積院の門前まで来た。

 

少女は、参道を登ってきた私と目が合うと足を止めて、走っていた勢いをそのままに、

 

「こんいちわ!」

 

と上気した頬で元気よく挨拶して来た。

 

「お、こんにちは!」

 

と私にも思わず笑みがこぼれる。娘と同じ年頃かなぁ、などと考えて、手を振りかけた刹那に、どこからか読経が流れてきて、私は足を止めて空を見た。

 

白い参道に遊ぶ親子と、五色の大きな幕をたなびかせている本堂と、朗々とした読経と…。降り注ぐ早春の逆光の中で、智積院の梅は見頃であった。

 

参道にも、裏手にも、白や赤の梅が咲き乱れていて、すれ違うたびに優しい香りがする。よくよく花びら達を見ていると、白い花でも、赤い花でも、微妙に色合いや花弁の大きさが違ったりした。小鳥が枝から枝へと遊んでいる。私はちょっと夢中になって、写真を撮ったり、花弁の匂いを感じたり、本堂裏手の、名も知れぬ僧侶達の墓地を散策したりして、春の気配を楽しんでいた。

 

少し不思議な梅の木が一本、本堂の前にあって、私はその梅の花を見に智積院に来たのであった。

 

一見すると普通の白梅に見えるのだが、よくよく花を凝視すると、紅白の花が、一つの木に咲き分けて混在しているのだ。白い花のすぐ隣に、鮮やかな薄紅色の花が咲いている。他では、一つの白い花の中に、数枚の赤い花弁が紅を差すように混ざっていたりする。可愛いらしいつぼみの中にも、「おや、この子は将来、紅色を差し込むな」といったふうに、マーブル状のものを見つけたりする…。

 

その梅の名前を、「思いのまま」という。私はこの梅の木に一つの記憶をもっていた。

 

宿を開業して、数年経った今と同じ季節に、一人の大学生がチェックインして来た。

 

長い春休みの自由旅行だから帰る日も決めていないようで、延泊するうちに一週間が過ぎた。礼儀正しい若者で、自然と会話をするような間柄になったが、大学生は現状の自分自身に満足していない事が見て取れた。

 

大学生が抱えている問題は、自分の若い頃と同じようで懐かしかったけれど、私はただ掃除に精を出したり、宿主としての仕事をちゃんとしようと思っていて、説教じみた事は決して口にしないようにしていた。

 

しかし京都に滞在する事に飽きて来ている感じがあったので、おせっかいかなと思いつつ、「早起きして、誰もいない智積院で梅を眺めるのも悪くないですよ」とさりげなく提案したのだ。

 

大学生は言われるがままに智積院に向かった。そして宿に帰って来てから、何となく、私に挑むような雰囲気があった。

 

「お帰りなさい。どうでした。梅は」

 

「ええ、綺麗でしたよ」と彼はうつむいたままで言う。

 

「それは良かったです」

 

「思いのまま……。ですか。あのピンク色の入った梅の名前は」

 

「らしいですね」

 

「ちょっとがっかりして」

 

コートを脱ぎながら、上目遣いにこちらを見た。

 

「それが、オーナーさんのメッセージなら、つまらないなと思って」

 

と寄せ付けない物言いだった。いや、と私は遮りながらも、心を見透かされた気持ちでいた。

 

宿の手すりに小さな雀が舞い降りて来て、私は一瞬、そちらに視線をとられた。雀はまだ幼いのか体は小さく、羽根が少し毛羽だっている。

 

視線を戻すと、大学生は射抜くような目で私を見ていて、

 

「思いのままに生きることなんて、誰にも出来ないでしょう。それを良しとるすのなら、思いのままに死ぬことも賞賛してくれないと、フェアじゃないですよ」

 

と言った。

                   

 

そんな出来事のせいでもないが、以来なんとなく、毎年一回この季節に智積院に来るようになった。

 

太陽は到着したばかりの頃よりも高くなっていて、本堂の瓦の上で羽を休める白鷺が影絵になっている。私は、「思いのまま」の花びらと、白鷺を同時に写真に納める事が出来ないものかと、逆光の中で、しばらくカメラ片手に悪戦苦闘していた。

 

参道を走り回っていた親子は、いつのまにか静かになっていて、ふたりでそこらに腰掛けて何か話をしている。さっきとは違う雰囲気で、少女の機嫌が良くないようだった。

 

聞いていると、どうやらコロナウィルスがらみの休園で、幼稚園での生活が突然終わりを告げたらしく、そのことを父親にぐずっているようだった。平日の朝からお寺にいる事を理解した。

 

「でも、こればっかりはしょうがないんだよ」と父親が言う。

 

「わたしわかってるよ」と少女は言う。「でもとつぜんだから、かなしいの」

 

カメラを下げて振り返った私に向けて、少女は、また目が合ったね、という雰囲気で笑って、さようなら。と手ふった。それから立ち上がるとお尻の埃をはらって、よし、と呟くと父親と笑顔で顔を合わせて、二人で手をつないで歩き始めた。

 

二人の背中が春の光に吸い込まれて一瞬白くなり、やがて東大路通りに消えて行った。

 

参道に一人いる私は、さようなら、と呟いてはみたものの、それは誰に向けてなのか自分自身でもわかならかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾️智積院は京都市東山区にある、真言宗の智山派の総本山です。

境内は無料で参拝出来ます。梅の見頃は2月中旬から3月上旬で、本堂の向かいに、「思いのまま」という一本で紅白に咲き分けている梅の木があります。

穴場ですが桜も綺麗です。いつ行っても混んでいる事はなく、ゆったりと回る事が出来る場所です。